日本における精進料理
「精進料理」とは魚や肉の類やニラ・ねぎ・にんにくのような香りのきつい野菜を全く使わない料理のこと。日本では禅の曹洞宗の開祖である道元禅師が中国で修業したのちに日本の風土や食生活・土地の食材に合った精進料理を広めたといわれる。
水一滴も仏のおん命
「精進料理とはなんなのでしょう」と聞くと、多くの人は、「野菜だけの料理よ」とおっしゃる。
なるほどそのとおりである。しかし、それだけではない。まず根本精進は、「殺生をしない」ということである。殺生をしないということは、その素材、持ち味をとことん生かし切るということである。
あるとき、その管長さんが典座(禅寺の台所)に来られて、「なあ、あんた、どんなこころで料理している?」と突然聞かれた。一瞬のことで返答に困っていると、「敬ってつくり、感謝していただく。これが食というもんじゃ」そうおっしゃった。そしてまた、
「人が食べるのではない。みほとけがお食べなさる。そうこころえて料理せよや」とも。
藤井宗哲
智慧の薬膳料理
季節が及ぼす体への影響や素材の特性を知っていれば、今なにを食べればよいのかがわかってくる。伝統的にわれわれが食べてきた食物、季節の旬のものをいただいていれば、だいたい薬膳の理にかなっているのである。
それと身土不二(しんどふじ)といい、健康のためにはその土地のものを食べること。また、一物全体をいただく(大根なら葉まで食べる)ということである。和食が健康によいというのは、この理に沿っているからである。
藤井まりこ
とらわれない、こだわらない智慧の料理
精進料理とは、原則を踏まえながらも原則にとらわれず、自然の摂理(真理)に基づいて自在に活用する料理ということができる。仏教では、真理を見抜き、その中に生きる力を「智慧」と呼ぶから、精進料理は「智慧の料理」ということができるかもしれない。要は固定観念にとらわれないことである。
精進のこころについて
「精進」とは、ただ単に肉や魚をさけるというだけではなく、ほとけの教えである「不殺生戒」の心を一歩進めて、「生かす心」にめざめることです。
たとえ野菜や果物であっても生命あるものを大切にし、さらに思いやりの心を持って、無駄のないよう生かす− 季節に出回る旬のもの、素朴な材料を使って天然の姿形、味、色などを最大限に活用する−それが季節を大切に、季節を活ける心、材料の持ち味を生かす心となり、ひいては自然のいとなみとめぐみに感謝する心となるでしょう。
精進料理を作る心は、徹頭徹尾、精進料理になりきること。素材はもちろんのこと、食べていただく人になりきり、時になりきり、所になりきって作ることです。その上に、料理の基本である五法、五味、五色の組み合わせを上手に活用して工夫研究することです。
人になりきる・・・老若男女、人それぞれ、生活、仕事によって嗜好も異なっています。それらを考えて親切に思いやる心。
時になりきる・・・春夏秋冬、日本の四季。夏には涼しく、冬には暖かく、春には花、秋には紅葉など季節を大切に生かす心。
所になりきる・・・婚礼、葬儀、茶会、歌会、幸、不幸などその場相応の材料と料理を工夫する。
妙心寺・東林院の西川玄房住職のお言葉
精進料理の食養生のポイント
自分のいのちが多くのものによって支えられていることに感謝の念を抱きつつ、心を込めて、今ここにある季節の材料、四里四方の物つまり、山の幸、里の幸、海の幸を最大限に生かした料理を作ることが料理するときの心がまえといえるでしょう。
また、食べる側としては、食材とそれに関わってくれたすべてに感謝をもっていただき、偏食などしないということが大切です。
食事五観文のとおり:
- 一つには、功の多少をはかり、彼の来所を量る・・・食事にはいかに多くの人の手数と労力が費やされているか、その労苦を思い、天地自然の恩恵を忘れてはならない。
- 二つには、己が徳行の全欠をはかって供に応ず・・・自分の人格の完成を目指し、また自分の務めを成し遂げるために食事をする。
- 三つには、心を防ぎ、過貧等を離るるを宗とす・・・食べ物に対して不平や不満を抱かず、飲みすぎ、食べ過ぎのむさぼる心を起こさないよう、食事は心の修行の場である。
- 四つには、正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為なり・・・食事は、飢えや渇きをいやし、心身の枯死を免れる良薬と思って、決しておろそかに食べないという心、平和な心持ちで食する。
- 五つには、道業を成ぜんが為に、将にこの食をうくべし・・・人として正しく生きることを成就するための食事であることに対して、反省と感謝の心を持ち、新たな誓いを心に持ち行うこと。